記憶�U・35
 失望を感じていたから、アフルの最後の言葉は意外で、オレには複雑だった。確かにアフルにならできるのかもしれない。葛城達也は有数の精神感応者だったけれど、アフルの接触感応の能力には及ばなかった。アフルになら、葛城達也が消したオレの記憶を蘇らせることができるかもしれない。
 だけど、オレは本当にアフルを信じていいのだろうか。アフルはオレの本当の記憶を戻してくれるのだろうか。記憶を取り戻すと言って、オレを洗脳したりはしないだろうか。
 少し、整理してみようと思う。葛城達也はオレの記憶を消してこの部屋に監禁した。そして、ミオを雇ってオレの記憶を取り戻そうとした。ミオが言った理由は、オレの記憶障害を直すためだ。オレは15歳のときに1度記憶を塗り替えられていて、その時の記憶障害が今のオレの精神の破綻を招きかねなかったからだった。
 オレが15歳のときに記憶を塗り替えたのは葛城達也。その時のオレは、愛する少女「ミオ」を失った悲しみから立ち直れなかった。葛城達也はオレを立ち直らせるためにその記憶を消した。1日前、オレが15歳までの記憶を思い出すことができたのは、別の女の子を好きになって、本当の意味で「ミオ」を失った衝撃から立ち直ったからだ。新しく現われたミオを好きにならなければ、15歳までの記憶を取り戻したとき、同じ悲しみに耐えられなかっただろう。
 葛城達也がミオを雇ったのは、オレに、彼女に恋をさせるためだ。そして、葛城達也の思惑通り彼女に恋をしたオレに、過去の記憶を封鎖させておく理由はない。あとは残ったすべての記憶を思い出させればいい。そのためにアフルを使おうとしていたとしても矛盾はない。
 だけど問題は、なぜ葛城達也がそれをするか、だ。オレの記憶障害が葛城達也にどんな意味を持つのか。オレが精神の破綻を招いたとして、葛城達也にどんな不利益があるというのか。オレはいつでも奴を殺そうとしていた。そのことについてオレは自分を疑っていない。たとえ記憶がなかったとしても、オレが奴を殺そうとしていたのは、絶対に間違いのないことなのだ。
 自分を殺そうとする人間。その人間の精神破綻は、葛城達也にとっての利益ではないのだろうか。オレは奴の中に、オレに対する愛情があるとは絶対に思えない。オレの精神破綻を食い止めるためにこれだけ大掛かりなことをする理由が、葛城達也にあるのだろうか。
 そうして、オレが考えつづけていると、ミオは風呂から出てきた。