記憶�U・39
 オレの無意識は、この男の存在を認めている。その理由はオレには判らなかったけれど、おそらく記憶を消される前のオレには判っていたのだろう。判っていて、それが必要であるという理由で、男にオレの記憶を見張らせている。記憶を失う以前のオレは、記憶が取り戻されることを恐れている。
 本当にオレが戦うべき相手は、32歳のオレ自身だ。だけど、記憶を取り戻せないオレが、32歳のオレ自身と戦うすべなどあるはずがない。糸口が見出せない袋小路にいるのだ。いったいどうすれば、オレはオレ自身を取り戻すことができるだろう。
 1つだけ、理解していた。この男が葛城達也の姿を取るのは、オレが葛城達也に勝てないからだ。オレは今まで1度も葛城達也に勝てたことがなかった。32歳のオレが監視者として葛城達也を選んだのは、オレが奴を看破できないことを知っていたからなのだ。
 あるいはオレは、記憶を取り戻すべきではないのかもしれない。15歳のオレは、32歳のオレに従うべきなのか。
 17年間のオレの記憶は、オレを不幸にするだけなのかもしれない。
「相変わらず情けねえ男だな、黒澤伊佐巳」
 吐き捨てるように葛城達也は言った。その不気味な声がオレを苛立たせる。確かにオレはこいつに勝てないかもしれない。だが、記憶を取り戻さない限り、オレは毎晩こいつの薄笑いに悩まされつづけることになるだろう。
 たとえ32歳のオレがどれだけ熱望しようとも、オレは無意識の中で葛城達也と共存することだけはできないだろう。32歳のオレが、監視者として葛城達也を選んだのだとしても、その判断は間違っていた。オレはいつでも真実の探求だけはやめないだろうから。たとえ勝てないと判っていたとしても、記憶を失ったまま平然と生きていくことなど、オレにはできないのだ。
「葛城達也、オレはお前だけは許さない。17年前にミオを殺したお前だけは」
「殺した? あいつは勝手に死んだんだろ」
「3年前、東京の人たちを殺した。オレはお前の存在だけは絶対に許さねえ。……必ず消してみせる。たとえ、本物の葛城達也の手を借りたとしても」
 このときオレは決心していた。状況のすべてをアフルに委ねようと。アフルが葛城達也の手先だということは判っている。だけど、今のオレにとって、17年間の記憶以上に大切なものなどないのだ。
 ミオという1人の少女。記憶を取り戻すことで彼女の存在の意味がオレの中で変化したとしても、オレはオレ自身の記憶の方を選んでしまっていたのだ。