記憶�U・34
 オレを好きだと言ったミオの気持ちは、嘘ではないと思う。だけど、そこにいたるまでにいったいどんな葛藤があったのだろう。そうだ。ミオは、葛城達也のことも許していた。すべては過去のことだったのだと、オレを諭した。
 ミオの3年間は、いったいどのようなものだったのか。人質として葛城達也に監禁された彼女にとって、オレの記憶を取り戻すことは、チャンスだったのだ。監禁生活から逃れるための、愛する父親に再び会うための。
 なぜ、彼女は葛城達也を許せるんだ? どうしてオレを好きになれる? オレだったらできない。死んだミオを自殺に追い込んだ葛城達也を許すことができない。
「アフル……。お前はどうして止めなかったんだ。あいつが東京の人間を殺しているとき、どうして止めなかった」
 うっすらと、アフルは微笑んだ。やはりアフルは変わってしまったのかもしれない。
「皇帝が正しいからだよ。オレはそう思うから」
「どうして人を殺すのが正しいんだ! 人の命より優先する正義なんかあるわけねえだろ!」
「それがお前だな、伊佐巳。お前は変わってないよ。32歳のお前も同じ考えを持っていた。そして、それがお前の限界だ」
「お前は変わった! オレが知ってるアフルは絶対にそんなことは言わなかった。葛城達也に洗脳されたのか」
「お前が知ってる17歳のオレは世の中のことをあまりに知らな過ぎた。葛城達也という人に出会って、オレはそれを知った。洗脳されたという言葉とは少し違うよ伊佐巳。オレには葛城達也という存在の正しさが判ったんだ」
「それが洗脳だって言うんだ!」
 誰もが、葛城達也の味方をする。オレと奴とが対立したとき、必ず奴を選ぶ。オレは間違っているか? 東京の人間を殺したことに怒りを感じるオレは間違っているか? 間違っているはずはない。だけど、親友のアフルでさえ、オレを選ばないのだ。
 アフルはため息をついて、少し悲しそうな表情で、言った。
「お前の感情が高ぶりすぎてる。今日はこれ以上は無理だな。また明日くる」
 アフルはオレの味方にはならない。少しの失望。だけど、少しだけだ。オレはいつも同じ失望を味わいつづけていたから。
「明日、お前の記憶を戻してみる。オレにできるかどうかは判らないけど」
 そう言って、アフルは部屋を出て行った。