記憶�U・30
 風呂から上がったオレは、髪を乾かすもそっちのけで、パソコンのスイッチを入れた。あれから5時間経った。ということは、葛城達也がセキュリティの設定を変更していない限り、回線は繋がるはずだ。
 起動している合間に寝巻きを着て髪を拭く。オレは自然乾燥で十分なくらい短い髪をしていたから、しっかり拭いておけば部屋を水浸しにするようなことはないだろう。
 ミオはたぶんすぐに帰ってくる。その前に、できる限りの情報を引き出しておきたかった。セキュリティを解除しない限りあの先へは進めないから、そのシステムがある場所を調べる。電子ロック式のキーを無力化する方法と、建物の内部構造も調べておきたいところだ。
 キーボードを叩きながら、回線を接続してまた片っ端から調べてゆく。17年前と同じ場所にあればおそらくそれほど手間取りはしないだろう。そう思って探したが、あいにくとオレが知る階層にはそれらしきファイルはなくて、ディスプレイの表示はむなしくさまようこととなった。
 17年分の進化がオレを阻む。自分が過去の人間であることを、改めて思い知らされた気がした。確かミオは以前、オレがパソコンをやっていたのは15歳までだったと言っていた。オレは、32歳の記憶を持っていたとしても、この進化にはついていけないのだ。
 それでもできうる限り、オレは階層を調べつづけた。そうして、しばらく経った頃、ミオは夕食を持って帰ってきていた。
「ただいま、伊佐巳。夕ごはんにしましょう」
 ミオは穏やかにそう言って、テーブルに食事を並べた。
 食事中は、ミオは何も言わなかった。オレも何も聞かずに、黙々と食べつづけた。食事は焼肉と付け合せのサラダ。味付けも少し濃い目で、死んだミオの薄い味付けとは違っていた。これは誰の味付けなのだろう。この食事で葛城達也が思い出させたいのは、いったい誰なのだろう。
 やがて食事が済むと、今までずっと黙っていたミオは言った。
「伊佐巳、あのね。……あたしの雇い主の人は、アフルのことについては何も言わなかった。会わせていいとも、いけないとも、何とも言わなかったの。だからあたし、アフルにもそう言った。そうしたらアフルは、いつでも呼んで欲しいって、そう言ったの」
 ミオの言葉は歯切れが悪くて、だから葛城達也の様子に不安を覚えたのだろうと、オレは解釈した。奴の沈黙の不気味さは知っている。おそらくミオも葛城達也にその不気味さを感じたのだろう。
「すぐにでも会いたい。……ミオ、呼んでもらえるかな」
 おびえるミオを無視するように、オレは言った。