記憶�U・28
 ミオの洋服や下着の入った引き出しを除いて、まずは箪笥の中身をすべて空けた。例の紙束が入っていた引き出しには、大量の紙と鉛筆が1ダースほど入っていた以外は何もない。その他の引き出しに大小のタオルと、ティッシュペーパーの替えが入っている。オレが期待していた鉛筆を削るためのナイフや、ドライバーなど、破壊工作ができそうなものはさすがに置いてはいなかった。
 洗面台下の開き戸にはトイレットペーパー、袋入りの粉石鹸、洗濯物を入れて運ぶためのビニール袋が入っている。この部屋の収納はそのくらいだ。オレはさらに、床に敷いてあった絨毯を剥がしてみたが、多少埃がたまっていただけで、ピンの一本も落ちていなかった。
 ゼムクリップが1本あるだけでもずいぶんいろいろなことができるのだけど。ついでと言うか、ちょっと考えを整理する間、オレはタオルを1枚絞って、部屋の掃除を始めた。あとこの部屋にあるのはパソコンと、目覚し時計だ。どちらも分解すればかなりいろいろなことができるけれど、それをするためのドライバーの代わりになるものがない。やはり、自分ひとりで脱出の手はずを整えるのは難しそうだ。ミオがうまくやって、アフルを味方に引き入れることができると、かなり違うのだけれど。
 考えを整理しながら、オレはずっと掃除をしつづけた。ミオと一緒にここを脱出する、その目標ができたから、オレの精神状態はかなりよくなっていた。少なくともミオの前ではオレはミオの言葉を忘れていなければならないから、こうしてゆっくり考えられる時間はそれほどないだろう。そうだ。ベッドのスプリングは外せるだろうか。そう思ってベッドを動かそうとしたけれど、この巨大なベッドは人間1人の力などではピクリとも動かなかった。
 部屋の内部にあるものはだいたい判った。要するに葛城達也は、オレが脱出に使えそうだと思うものは、この部屋に何1一つ用意してはいないのだ。それはつまり、オレの脱走を予期していたということになり、オレに脱走されては困るということだった。
 ミオはなかなか戻らなかった。オレはその間ずっと、この広い部屋を1人で掃除しつづけていたのである。