記憶�U・29
 オレは時間を忘れていた。だから、ミオが戻ってきた時に反射的に時計を見て驚いた。時刻は既にオレの風呂の時間近くになっていたのだ。丸々4時間くらいは掃除をしていた計算になる。
「伊佐巳は何にでも夢中になると、時間を忘れるみたいね」
 ミオはほんの少し呆れているように見えた。だけど、どうもそれどころではないようで、オレが手を洗って部屋に戻ると、いくぶん表情を引き締めた。
「あたし、これからすぐに雇い主の人に会ってくる。だけど、その前に伊佐巳に話しておかないといけないと思って」
「アフルストーンのこと?」
「うん。さっきアフルに……アフルストーンに会ってきたの。伊佐巳に会ってもらえるかどうか、訊いてきた」
「アフルでかまわないよ。君はずっとそう呼んでいたんだろ?」
 オレはミオの前ではアフルのことをその愛称で呼んだことはなかった。彼女はたぶん、アフルと個人的に知り合っているんだ。どの程度の付き合いかは知らない。少し前のオレならば、アフルこそがミオの恋人なのではないかと疑ったと思うけれど。
 ミオとアフルとは、少しだけれど、どこか共通する雰囲気をもっていたから。
「そうよね、もう伊佐巳に隠しても仕方がないわ。……アフルはね、あたしがここにきてから、ずっと面倒を見てくれたの。あたし、ほとんど毎日アフルにいろいろなことを教えてもらった。それは今はいいのだけど、そのアフルが言ったの。雇い主の彼は、たぶん伊佐巳がアフルに会うことは反対しないだろう、って」
 ミオも、雇い主が葛城達也だとははっきりと言葉にしない。たぶん、直接的な言葉でそうオレに伝えることを、葛城達也に禁じられているのだろう。
 それにしても妙な話だった。葛城達也がオレとアフルを会わせるということは、アフルが持つ情報をオレに流すことを了承しているということだ。もちろんすべて聞くことはできないだろう。それにしても、かなりの情報はオレに流れるはずだ。
「それで、ミオはどうするの? 雇い主に話してみるの?」
「ええ。おもいきってぶつかってみる。……もしも雇い主の人が許してくれなかったとしても、早ければ今夜中に、あたしはアフルをこの部屋に連れてこられると思うわ」
 ミオはそれだけをオレに伝えて、再び部屋を出て行った。
 オレは、事態が変わり始めていることに少しの興奮を感じながら、いつものように風呂に入っていた。