記憶�U・27
 ミオが出かけてしまうと、オレはなんだか無性に心が騒いだ。ミオとキスをしてしまった。たったそれだけのことなのかもしれないけれど、妙に恥ずかしくて、嬉しくて、叫びながら転げまわりたい衝動に駆られた。誰も見ていないのだから実際そうしたところで問題はなかったのだけれど、そういう行動をとることにもかなりの抵抗があって、だけどニタついてしまう表情を抑えることだけはできずに、拳を握り締めながら1人、唇を固く結んでいた。
 1人になってから実感するというのも、ものすごく不思議な気がした。オレには恋人がいるんだ。オレだけの、たった1人の、オレだけの女の子だ。絶対に誰にも渡したくない。彼女の事をたくさん知りたいし、彼女を世界一幸せな女の子にしてあげたい。
 オレは勢いよく飛び上がった。そして、洗面所に駆け込んだ。目の前の鏡を覗く。……これが、今のオレだ。32歳のオレはどう見たってオジサンで、ミオの隣にいても恋人同士には見えないかもしれない。それでもって中身は15歳の子供だ。逆ならよかったな。外見が15歳で、中身が32歳のほうが、少しはミオの恋人としてふさわしく見えたかもしれないのに。
 時間が失われていることを、すごく悔しく思った。
 今までの、自分の記憶がないことに対する苛立ちとは、まったく違うものだった。オレが本来持っているはずの、17年分の経験。その経験がないことが、すごく悔しく思えるのだ。ついていけないコンピュータも、オレには想像がつかない外の状況も、もしも知っていたとしたらオレは今よりずっとミオを幸せにしてあげることができるだろう。どうしたら女の子を喜ばせることができるのか。そういう知識だって持っているかもしれない。失われた17年間の記憶があれば、その中にはミオを幸せにできるたくさんの経験があるかもしれないのだから。
 オレの、オレだけの女の子を、幸せにしてあげたい。彼女の望みをすべてかなえてあげたい。コンピュータの回線は閉じられてしまった。再び開くまでの5時間の間に、オレができることは他にあるだろうか。
 洗面台から部屋に戻って、オレはほとんど初めて、部屋の中の大捜索を開始したのである。