記憶�U・18
 折鶴に集中しているとずいぶんと気分が穏やかになってくる。さっきの自分の心の動きを理解していた。オレがなぜ、自分の過去を知るのを恐れているのか。
 オレはミオに不信感を持っていた。それはずっとオレの中にあったけれど、さっきのリストの名前に「Mio_K」という文字を見て、その不信感はさらに深まった。32歳のオレは彼女のことを知っていて、無意識にその名前をつけたのではないのか。
 彼女に、葛城ミオという名前を。
  ―― いや、まだ判らない。頭文字が「K」になる苗字なんて腐るほどあるし、それが本当にミオの名前かどうかも判らない。偶然だって、起こりえないほど珍しい名前じゃない。
「……伊佐巳? どうかしたの? ……何か怒ってる?」
 気がつくとオレはずいぶん乱暴な手つきで鶴を折っていた。折り目が奇妙に歪んで反り返ってる。
「……なんでもないよ。何も怒ってない。ごめん、心配させた」
「どうして黙っているの? あたしには話してくれないの?」
 オレの、ミオに対する不信感を、どう話したらいいだろう。こういうとき、記憶を取り戻す前のオレなら、心の中を素直に全部話していただろう。ミオを母親のように頼って、すべての不安をミオに消し去ってもらいたくて。
 ミオも戸惑っているのかもしれない。オレはやっぱり昨日までとはずいぶん変わってしまっていたから。
「……なんだか、宙ぶらりんでイライラするんだ。オレの知らないところで時間だけが経ってて、周りの状況も何もかもぜんぜん把握できない。早く全部の記憶を取り戻したいよ」
「そうよね。何かきっかけさえあれば一気に思い出せるかもしれないわ。昨日みたいに」
 今はそのきっかけすら見えない。15歳の時記憶を失ったあと、オレはいったいどんな人生を歩んだのだろう。オレは誰かに恋をしたのだろうか。死んだミオのことを忘れて、だけど、恋する気持ちだけはずっと消えずに。
 以前ミオが言った、もう1人の女の子。2度目の引越しのあとに出会った女の子にも、オレは恋をしたのかもしれない。
 それは十分ありうる話だった。なぜなら、絶望したオレを立ち直らせたのは、今目の前にいるミオに対する恋なのだから。同じような心の動きが17年前にもあったのではないだろうか。