記憶�U・11
 宣言どおり、食後オレはパソコンに向かっていた。15歳までの記憶を取り戻してから、触るのはこれが初めてだ。コンピュータの世界では17年間の技術の進歩は著しいらしく、記憶を取り戻したとはいってもオレの理解力は昨日までと何ら変わらない。馴れない画面に惑わされながら、昨日見つけた接続ソフトを立ち上げていた。
 アカウントとパスワード。まずは、オレが普段使っていたものと、それに関連したいくつかの数字とアルファベットを打ち込んだ。しかし、ある程度予想されていた通り、このたぐいの単純なものでは接続にまでは至らなかった。こいつは長期戦を覚悟しなければ。
「ミオ、退屈じゃない? 用事があるなら出かけてきてもいいよ」
 今までミオはオレの後ろから作業を覗き込んでいたのだ。
「わからなそうなの?」
 わからなそう、か。面白い言葉を使うんだな。オレのいた17年前にはなかった言葉だ。
「一通りやってみたけどぜんぜんダメ。単純なパスワードじゃないな」
「そう、それじゃ、ちょっと出かけてくるわね。お昼までには戻るから」
「ゆっくりしてきていいよ」
 そう言ってミオを送り出し、オレは自分の中にある単語や数字と再び格闘を始めた。オレが今まで出会ったことのある人間の名前や、その身長や体重。オレと葛城達也以外には知り得ない暗号文の一節。J・K・Cで使っていた暗号文は416種類もあって、思いついた言葉をすべてその暗号に変換して打ち込んでいたら、約束の午前中は瞬く間に過ぎていった。
 オレは何か根本的なところで間違っているのかもしれない。そう思い始めたとき、ミオが昼食を持って戻ってきていた。
「ただいま。……進んでない、って顔ね」
「どうやらオレはハッカーには向いてないらしいね」
「諦めないでね。コンピュータもパスワードも、人間が作ったものだもの。同じ人間の伊佐巳に解けないはずはないわ」
 そして、そのミオの言葉が、オレに新たなインスピレーションを与えたのだ。