記憶�U・9
 ずっと、初めてこの部屋で目覚めた3日前から、オレはミオを好きだと思った。
 ミオが他の男の話をすれば苛立ったし、オレと一緒にいるのが、3年前に別れた父親と再会するためだと聞かされて落ち込んだ。ミオは父親の夢を見て涙を流していた。今でもミオの中にあの気持ちは大きく存在するのだろう。
 もし、オレの記憶が戻ったら、ミオはどうするのだろう。父親とオレと、いったいどちらを選ぶのだろう。
 聞いてみようとして、オレは気付いた。これって、さっきの質問と瓜二つじゃないか。オレと葛城達也とどちらを選ぶのか。オレと父親と、どちらを選ぶのか。
 ……ダメだ。オレはものすごく臆病で、わがままだ。
「ミオは、オレとパパとどっちが好き?」
 ミオはまた驚いたように目を丸くした。
「もしもオレが記憶を取り戻したら、そのときはどっちを選ぶんだ?」
 ミオの沈黙は長かった。オレは、自分がミオの一番弱い部分を突いてしまったことを知った。おそらく、比べることなんかできないはずだ。ミオにとって父親は聖域で、自分ですら触れることを許さない部分なのだろうから。
「……10分だけ、会わせてもらえるかな。そのあとはあたし、伊佐巳の傍にいたい」
 ミオの答えはけっしてその場限りの慰めなどではなかった。オレを喜ばせるための嘘じゃなかった。
 真剣に考えて出した解答だった。
「ごめん! 今オレが言ったこと、全部忘れて。10分なんて言わなくていい! 何日でも、何ヶ月でも、ミオがパパと過ごしたい時間だけいてくれていいんだ」
 オレが自分の失言を素直に謝ったからだろう。ミオは笑顔を見せて、オレに言った。
「そうね。先のことはその時に考えればいいわ。今は伊佐巳の記憶をすべて取り戻すことだけだもの」
 オレの17年分の記憶を取り戻すこと。
 それだけが、今のオレができるたった一つのことなのだ。