記憶�U・8
 ミオはもしかしたら、少し苛立っているのかもしれない。オレの目を真剣な表情で見つめていたし、オレの言葉を強引にさえぎったようなところがある。そんな観察とは別に、オレはミオの言葉を嬉しいと同時に少し疑わしく感じた。それはオレの今までの人生で葛城達也よりもオレを選ぶ人間に出会ったことがなかったから。オレを選ぶ人間がいるということを、すぐに理解できなかったのだ。
「どうしてあたしを疑うの? あたしが葛城達也の行為を認めているから?」
 ミオの表情は少し怖かった。呆れているのかもしれない。オレがミオを無条件で信じていないことを知って。
「ねえ、伊佐巳。あたしが葛城達也を認めるのは、彼の行為が伊佐巳のためになってると思うからだわ。過去に記憶を消したことも、数日前に記憶を消したことも、今、伊佐巳の記憶を戻すために力を貸してくれてるのも、全部伊佐巳のためになっていると思う。確かに以前、彼は伊佐巳のためにならないこともしたわ。でも、それはもう全部過去のことだもの。今更あたしにはどうすることもできない。
 だけど、これからのことは違うわ。これから先、彼が伊佐巳のためにならないことをしたら、あたしは今の自分にできる精一杯の力で伊佐巳を守る。……それって、あたしが伊佐巳の味方だってことにならない?」
 オレは、この15年間の記憶の中で、かなり屈折してきたし、人を疑うことを刷り込まれてきた。オレの人生の中では、本当に信じられる人間はほとんどいなかった。
 オレはミオを信じてもいいのだろうか。オレは彼女に好かれているのか?
「……どうしてなんだ? どうしてオレのこと……」
 ミオは、少し緊張を解くように、微笑して見せた。
「伊佐巳、それ、癖?」
「え?」
 ミオが指差したのは、オレの指先だった。知らず知らずの間に鉛筆をもてあそんでいたらしい。
「食事のときも、よくそうやって箸やスプーンをいじってるの。考え事をしてるときに多いみたい。……そんな小さなことに気付くのも、あたしにはすごく嬉しいことなのよ」
 そのミオの言葉は、直接的な言葉で返答してくれるよりも、ずっと心に響いたような気がした。