記憶・99
 暗闇に浮かんだぼんやりとしたものを目指して、オレは空間を移動していった。なかなか近づいていかない。おそらくそれがあまりに巨大すぎたからだろう。それでも少しずつ全体像が現われてきていた。
 水道管のような、数本の管の形をしていた。全体に透明で、目盛りのような縞模様が入っている。何本かの管がくっつきあって人の形のようだ。オレはさらに近づいていった。近づくと、全体を見ることは困難になった。どんなものにたとえることもできないくらい、巨大なものだった。
 これか何の象徴であるのかわかった。オレの夢の中で管の形をとるそれは、オレの記憶のイメージそのものだ。あの、ミオと名乗る少女の言った物干し竿。そのイメージからオレ自身が組み立てた、オレの記憶の象徴。
 その1本は、今のオレ自身だ。ためしに近づいて、空洞の中をくぐってみる。外から見ると目盛りのように縞模様が入っていたけれど、中に入るとそれが管に描かれた螺旋であることが判る。オレはすぐにその管の中から出た。この管は、今のオレが見る必要はない。
 その隣にあった1本の管。それはとても短くて、今オレがくぐったものよりもさらに透き通っている。オレはその管に近づき、中をくぐった。そしてそれが、ほんの少し前までの、ミオと名乗った少女と過ごしていた、たった3日間のオレの記憶であることを知ったのだ。
 オレ自身の中に、その記憶は鮮明によみがえっていた。あの少女との3日間のことが、詳細にオレの内部に記録されていった。そのときのオレの感情、なぜ、彼女を好きになったのか、その過程すらも。そう、オレは、こんなに暖かい感情を、彼女に対して抱いていたのだ。
 オレは、彼女のことが好きだ。その感情そのものは、死んだミオに対するものとは微妙に違う。だけど、どちらも真実だった。オレはもう、ミオを悲しませたりはしたくない。