記憶・100
 記憶の管は、あと2本残っていた。ミオとの記憶を完全に思い出したオレは、その2つのうちのどちらかが偽の15歳までの記憶で、もうひとつが15歳から32歳までの記憶であると推測した。どちらが先でもかまわない。これをくぐれば、オレはすべての記憶を取り戻すことができるのだ。
 オレは一方の管に近づいて、さっきやったのとまったく同じ方法で、管の中をくぐろうとした。ところが、その管は硬く、オレの意識をはじき返したのだ。もう片方の管も同じだった。何度やってもダメだった。
「クックックッ……。無駄なんだよ。てめえにその壁は破れねえさ」
 背後に、いつの間にか葛城達也が浮かんでいた。ゆらゆらと密度を変えながら歪む。
「どうしてだ。なんで破れねえ」
「さあな。てめえが本気で思い出そうとしてねえからだろうよ。そんなにあの女の本性を知るのが怖いのかよ。ったく、お笑いだぜ。お前はあの女の正体を、ちゃんと知ってるってのにな」
「……なんだと……!」
 言葉の意味を追求する前に、葛城達也は消え去っていた。もう、記憶の管も見えない。あたりは完全な暗闇に包まれていた。
 オレが、ミオの正体を知っている? 葛城達也の言葉などまともに信じてはいけない。だけど、それが本当ならば、オレは記憶を失う前にもミオのことを知っていたのだ。

 現実の、あの殺風景な部屋のベッドで意識を取り戻したとき、やはりミオはオレの隣で静かな寝息を立てていた。
 寝顔はまだ少女のあどけなさを残していて、気持ちが暖かくなってくる。死んだミオの寝顔はもっとだらしがなかった。ここにいるミオは、世界で1番かわいい女の子に見える。
 この少女が、今のオレの1番好きな女の子なんだ。
 本当に自然な気持ちで、オレはそう思った。