記憶・98
 夢の中、無意識が、黒い色で表現されるのはなぜだろう。暗闇で人はものを見ることができない。見えないことの象徴ならば、白でもいいはずだ。何色でもいい。紫でも、ピンクでも。
 理論的考察と帰結。その夢の中にいながら、オレは習慣でものを考えていた。暗闇に恐ろしさを感じることはなかった。そうだ。オレが恐ろしいと感じたのは、嵐の夜の雨の音だ。あの時、初めてミオの傍らで眠った。恐ろしさに耐えかねて、ミオを腕枕した。
 ああ、そうか。黒い色は光の反射がまったくない状態のこと。それは、ものが存在しない、無であるということの象徴。光だけ、あるいはものだけでも、色は存在できない。逆にいえば、たとえこれが暗闇だったとしても、ものか光のどちらか、もしくはその両方が存在しているかもしれないのだ。
「ここにはお前のすべてがあるさ」
 背後から聞こえた声に振り返ると、そこには葛城達也がいた。ここはオレの内部。その中に、オレが記憶する葛城達也がいる。オレの脳の中に葛城達也はコピーされている。だけど、オレが記憶する葛城達也は、こんな顔だけが煙のようにぼやけた化物だ。
「オレの記憶はどこにある。お前はそれを知ってるのか?」
「知ってるさ。だけど、それを見つけてどうするつもりだ。お前は既に記憶を取り戻した。それで十分じゃねえのか?」
「まだ半分以上残ってるんだよ!」
 どうしたら、この葛城達也にダメージを与えられるだろう。ミオはオレを人間コンピュータだと言った。オレには知恵も力もない。今のオレにはこいつを倒すことができない。
「お前を消し去るためには記憶が必要なんだ。そこをどけ。オレの記憶がある場所へ、道を明けるんだ」
「記憶が戻ったって無駄さ。俺は殺せねえ。……ま、いいだろ。好きなだけ見ればいいさ」
 葛城達也は一瞬にして消え去った。そして、遠くにぼんやりと、何かが現われていた。