記憶・96
「昭和45年5月28日、オレは達也の先代、城河基規の遺伝子研究によって、達也の細胞から生まれた。オレが生まれたころは達也はまだ城河財閥の総裁ではなくて、2年後、14歳の達也が城河財閥を乗っ取ってから、オレは達也の腹心の三杉に育てられた。オレの事実上の父親だ。三杉はオレを、将来達也の片腕にするために、思想教育とコンピュータを完璧に叩き込んだ。研究所の中から1歩も外に出ることはなく、オレは達也に指示されたプログラムを作りつづけていた。15歳の9月、ミオに会うように命令されるまで」
 目の前の少女は、それまでただ黙って、オレの話す言葉を聞いていた。瞳に悲しみをたたえていた。
「ミオはどんな女の子だったの?」
「ミオは、4歳の時に達也の養女になった、もともとは施設にいた孤児だった。オレは5歳のときに1度ミオに会ったことがあるんだ。確か1歳半くらい年上だったんだけど、コンピュータの扱いも下手だったし、いつも仏頂面で、オレはミオのことを嫌っていたんだ。だから正直あまり気が進まなかった。10年経って、成長してからも、ミオの仏頂面はぜんぜん変わってなかった。だけど……たぶん、オレの方が変わっていたんだと思う。ミオは嫌な奴じゃなくなってた」
 昨日まで、ミオはオレの傍にいた。思い出そうとしなくたって、ミオのことは鮮明に思い出せる。ミオは、一般的に言う美人でも、かわいい女の子でもなかった。身長にして20センチは違うオレと同じくらいの体重があったし、顔の造作も、例えば女の子が10人いたら、10人とも自分のほうがマシだと思うような細工をしている。ミオに関しては、一目ぼれという要素で好きになる人間はまずいないだろう。頭もそれほどよくなかったから、尊敬という要素もほとんどありえないだろう。
「ミオのことを口で説明するのは難しいよ。オレは、ミオの内側に入った人間だ。達也の養女になって、達也に歪められて生きてきたミオの境遇が、オレの同じ部分と重なった。オレとミオは同じ運命の兄弟だった。それだけではないと思うけど。……オレはミオを好きになったけど、ミオが好きだったのは、達也だった」
 そのことをオレが知ったのは、オレの時間でほんの数日前のことだった。