記憶・95
 タイムスリップしてしまった。
 オレは、記憶喪失になってしまった。
 ……いや、違う。オレは今まで記憶喪失だった。
 逆だ。オレは今、記憶を思い出したんだ。
「……全部は思い出せない。だけど、理論的にそう考えなければつじつまが合わない。オレは、死んだミオのことを今まで忘れていたんだ」
 少女は悲しそうにオレを見ていた。……なぜなのか、今、判った。彼女はオレのことを好きだと言った。そして、オレも彼女を好きになった。
 なぜ、彼女を好きになったのか、それは思い出せなかったけれど。
「伊佐巳、あなたは記憶喪失だったのよ。自分のこと、自分の名前すらも、思い出せなかったの」
 今のオレは、オレの人生を思い出している。オレが生きてきた15年間を。ミオが死んだ瞬間までを、克明に。
「今のあなたは、15歳の伊佐巳なのね? ミオが死んだ直後の、昭和60年9月の」
 ミオが死んでから17年が過ぎた。もう、ミオの死は遠い過去の出来事に変わってしまった。オレには生々しい現実だったけれど、客観的な現実の中では、ミオが死んだのは遠い過去の出来事なのだ。
「伊佐巳、あなたの15年間のこと、話してくれる?」
 おそらくオレは彼女にそれを話す義務があった。記憶のないオレをずっと見守ってきてくれた彼女に。
「オレは、達也の細胞を使って、研究所で培養された結果生まれた、達也のクローンだ」
 オレは彼女に、自分の生い立ちを話し始めた。