記憶・93
「伊佐巳、目がさめたの?」
 オレの目の前には、1人の少女がいた。やわらかな声を持つ女の子だった。
「君は、誰?」
「ミオよ。しっかりして」
 違う。この子はミオじゃない。オレが知っているミオは、この女の子じゃない。
 いや、この子のことをオレはミオと呼んでいた。何かを忘れている。オレは今まで何をしていたんだ?
「伊佐巳、どうしたの? いったい何があったの? あたしの顔を覚えている? ここがどこだか判る?」
 しっかりしろ。オレは今まで何をしていた。ミオは……そう、ミオは死んだ。オレの目の前で、屋上から飛び降りた。
 達也に殺されたんだ!
「達也は……どこだ」
 少女は一瞬表情を曇らせた。
「伊佐巳、思い出したの……?」
「ここは、どこだ。研究所の中か?」
「……研究所……? 伊佐巳、いったい何を思い出したの? あたしに話して」
 ここが研究所だったとしても、オレの暮らしていた部屋ではないようだった。研究所の内部はどこも似たような部屋ばかりだったけれど、オレは自分の部屋を間違えたりはしない。
 達也はどこだ。オレは、ミオを死に追いやったあいつを許さない。達也を殺さなければ。達也はいったいどこにいる。
「お願い伊佐巳! あたしを見て。あたしの声を聞いて! いつもみたいに、あたしにすべてを話して!」
 少女の声は聞こえていたけれど、その言葉はオレにはまったく意味を持たなかった。