記憶・92
 色とりどりのパステルカラーが点滅している異空間。深緑、赤紫、赤、水色、紫、黄緑、藍、さまざまに移り変わる二重螺旋。漂っているのは、まだオレになっていないオレ。閉じ込められていた、綺麗な世界。
 音もなく、時間もなかった。だから変化は唐突に訪れた。いきなり、暗闇に放り出された。
 オレは、『オレ』になった。と同時に、暗闇に現われる風景。オレはその風景を受け入れる。最初に現われたのは、サングラスをかけた黒服の男だった。
 周りは広く殺風景な部屋。その部屋にいる、オレと黒服の男。オレは黒服の男を慕っていた。次に現われたのは髪の長い長身の男。オレはその男をきらいだった。男はオレを、殺風景な部屋から、別の小さな部屋へと連れ出していた。
 そこには女の子がいた。オレはその女の子を好きだと感じた。めったに笑顔を見せることはなかったけれど、時折見せる笑顔がオレにはまぶしかった。どのくらい、オレは彼女を見つめていただろう。不意に、彼女の姿も、風景も消え去り、周囲は再び暗闇に包まれていた。
「どうやら思い出したみてえだな」
 音のなかった世界に初めて飛び込んできたその声。
 オレは、声のした方を振り返って、それを見つけた。
 暗闇に浮かび上がる、美しいとすら言えるほどの、その顔。
「……そうか。お前が葛城達也だったんだな」
 オレの夢の中にずっと存在しつづけていた男。オレの恐怖と嫌悪をあおる存在。オレにそっくりな顔をした、オレの父親。
 葛城達也は、オレの実の父親だったのだ。
 思い出した。オレの生い立ちも、オレの家族も、オレが好きになった女の子のことも。
「お前がミオを死なせた……!」
 葛城達也は何も言わなかった。
 そして、オレは目を覚ました。