記憶・90
「ほかには?」
「そうね。ずっと一緒にいたいかな。伊佐巳のことをもっと好きになりたい」
 オレはあまりにいろいろなことを考えて、その中にはかなりよこしまなものもあったから、ミオの言葉にどう反応していいのか戸惑ってしまっていた。確かに嬉しいのだけれど、素直に喜べないようなところがある。オレにはミオをつなぎ止めておくだけの自信がない。
 ミオに嫌われるのが怖い。ミオはオレを軽蔑するかもしれない。ミオがいなくなってしまうのが怖い。
「伊佐巳はどうしたいの?」
「ミオに嫌われたくない」
 オレは正直に言った。そんなオレを、ミオは笑った。
「どうしてそんな心配するのかしら。あたしが聞いてる伊佐巳は、そんなに臆病じゃなかったのに。あたしが伊佐巳を嫌いになることがあるとしたら、そのときはきっと自分自身も崩れると思う。あたしは、伊佐巳を好きな自分に、自信を持っているもの」
 オレは、自分に自信をもつことができずにいる。オレには過去の記憶がなくて、だから自信を持つだけの材料もない。だけど、今、思った。オレにすべての過去がなかったのは、オレが初めて目覚めたあのときだけだ。今のオレには、あの瞬間から積み重ねてきた、3日間の記憶がある。
 果たして、オレの3日間は、オレの自身の裏づけになるようなものだったか? 暗い過去はほんの少し思い出した。その過去に対する今までの対処に、オレは自信をもつことができるか?
 オレの過去はこれからのオレが作る。ミオが今自身を持てるのは、おそらくこの数時間を悩んだ経緯があるからだ。オレを嫌いになるときにはミオ自身も崩れる。それだけの覚悟が、ミオにはある。
「ミオ、ごめん。ありがとう。……オレ、あのプログラムを開いてみるよ」