記憶・81
「ぇ……」
 ほんの微かな声でミオがそう言って、しばしの沈黙が流れた。
 それは一般的なこういうシチュエーションでの緊張感とはまるで違う、信じられないくらい重苦しい緊張だった。ミオの目は信じることを拒否するように見開かれていたし、半開きの口元は苦笑いすら浮かべようとしていない。次第にオレも同じ緊張に巻き込まれていった。心臓の鼓動は抑えきれない。ミオの目がうっすらと涙を浮かべてからは、なおさら。
 ミオがオレのその言葉を予期していなかったのは明らかだった。そして、オレの言葉をけっして喜んではいないということも。
 緊張は、ミオの方から破られた。
「……ごめんなさい。ちょっと」
 ミオはオレから目をそらして、不意に立ち上がったと思うと、ドアのほうに向かっって駆け出したのだ!
「ミオ!」
 オレがそう叫んだとき、ミオはビクンと身を凍らせて立ち止まった。
「……あの、あたし、伊佐巳のことが嫌いとか、そういうのじゃないから。……でも、今だけごめんなさい。少し時間をちょうだい」
 振り返らずにそう言って、ミオはドアを出て行った。オレはしばらく呆然と、ミオが出て行ったドアを見つめていた。
 オレの告白に対するミオの反応は、オレの予想を超えていた。だからオレはショックというよりもただ驚いて、何も考えることができなかった。フラれたのなら判るのだ。だけど、ミオはオレをフッたのではない。それ以前の問題なのだ。ミオは、オレがミオに告白しようなどとは、露ほども思っていなかったのだから。
 ミオはオレを男だとは思っていなかった。それは前から感じていたけれど。
 男に見えなかったのだとしたら、ミオはいったいオレを何だと思っていたのだろう。