記憶・83
 ただ何もせずにミオを待っていることもないので、食後オレはまたパソコンに向き合った。オレの世界はミオに比べてもかなり狭い。目覚めて3日、この部屋から出ることもなく、話をするのはミオ1人だけなのだ。ミオは部屋の外に出て友人や多くの人間と話をして、世界を広げていける。オレが自分の世界を広げられるとしたら、パソコンの中しかない。
 ウィンドウズの画面から、オレは搭載されているアプリケーションを片っ端から開いていった。見たこともないソフトばかりで、オレはヘルプ画面や用語集などをディスプレイに重ねながら、ひとつひとつ食い入るように見つめ記憶していった。以前も感じたが、オレの記憶力はかなりいい方だった。ウィンドウズというOSの持つ法則性に気づいてからは、操作もスムーズになって、記憶するスピードも次第に増していった。
 理解が進んでいくうちに、オレの中にはこのパソコンの内部のイメージが浮かび上がり、広がりを見せ、より詳細になった。フォルダのひとつひとつの情報が、オレの脳にコピーされてゆくようだった。そんな中でオレはとうとう外部のコンピュータに接続できると思われるソフトを発見していたのだ。ダブルクリックすると、アカウントとパスワードを入力する画面が立ち上がったのだ。
 オレのアカウント。オレのパスワード。
 あるいは、このコンピュータに当てられているアカウントは、オレの記憶の中には存在していないかもしれない。だが、もし仮にオレがミオを雇った男で、心の底からオレの記憶が戻ることを希望しているのだとしたら、オレの記憶の中にあるアカウントとパスワードを、このパソコンに割り当てているのではないだろうか。
 オレが自分のアカウントとパスワードを思い出せば、もしかしたら他のコンピュータにアクセスできるのかもしれない。
 今はまだ思い出せない。だが、思い出したとき、オレの世界はこの部屋などとは比べ物にならないほど、大きく広がってゆくだろう。