記憶・79
 テレビで見た飛行機事故の映像がよみがえっていた。昭和60年8月。日本の山中に墜落した大型ジャンボ。オレの記憶は混乱していた。思い出した映像はオレが関わった事故とは違うものだったはずだ。しかし、その映像を思い出したことで、オレが15歳だった17年前、いったいどんな時代に生きていたのか、わかったのだ。
 オレの今は、昭和60年9月だ。その時代の映像が怒涛のようにあふれ返って、オレの脳を撹乱する。椅子に座っていることが耐えられないほど肉体のバランスが失われて、オレは床に突っ伏した。脳みそから流れ落ちようとする記憶たちを必死でつなぎとめることに、全神経を使った。
 タイガース。ロス疑惑。あふれる昭和60年という時代の記憶から、オレ自身の記憶を探した。そう、事件が起こったのだ。例の飛行機事故ではない。飛行機事故そのものは2年前の昭和58年に起こっていて、そのときに死んだ犠牲者の遺族が、オレが所属する組織を窮地に落としいれようとしたのだ。
 その事態の収拾に、オレは努めた。オレの隣には1人の女の子がいた。何という名前だっただろう。彼女はミオに似ていなかっただろうか。
『***はどうして平気で人を殺すんだ? あたしにはわからない……』
 思い出したのは、彼女の言葉だった。以前に思い出した『義理の親子は結婚できない』と話した声と、同じ雰囲気をもっていた。彼女の名前は? 彼女が口にした人物の名前は……?
 思い出せ! 今なら思い出せるかもしれない。オレはたぶん彼女と暮らしていたのだ。たぶんオレは彼女に恋をしていた。だけど、彼女が好きだったのはいったい誰だった……?
 昭和60年9月。ミオの言葉によれば、オレはほんの2週間程度しかその場所にいなかった。おそらくオレにとって重要な意味を持つ時代だったのだ。記憶を失ったオレが、もう一度取り戻したいと思うものを求めて、生まれなおしてしまった重大な何かが。
 いつの間にか、オレは見失ってしまった。1人の少女の輪郭は次第にぼやけて見えなくなってしまっていた。