記憶・77
 その瞬間は、何の前触れもなく急激に訪れた。
 オレの記憶の回路。そのどこがどう繋がったというのだろう。きっかけはおそらく、あの十字架のロゴマークだ。このプログラムを開くためにはパスワードが必要だった。そのパスワードを、オレは思い出したのだ。
 そして、そのパスワードを思い出した瞬間、さまざまなことがオレの頭の中を通過していった。パスワードにまつわる、多くのエピソード。夢の中のあの男が言ったことは、あながち間違いではなかったのだ。オレは過去に罪を犯している。直接手を下したわけではなくとも、オレが重大な犯罪に関与していたのは、間違いなかったのだ。
 何ということだろう。オレは自分のことはまだ思い出せなかったけれど、オレが関わっていた組織のことを思い出したのだ。
 パスワードは、その会社の社名の略号。それを打ち込んだとき、オレはもっと深くその罪状について知ることができるだろう。
 もしかしたらオレは半分意識がなかったのかもしれない。ミオの声は、まるで別世界の言葉のように聞こえた。
「パスワードを入れなければ、開くことができないの?」
 ほとんど無意識のうちにオレは答えていた。
「……そうらしいな」
「判らない?」
 その質問にオレは答えることができなかった。そのプログラムを見てみたいという好奇心よりも、自分が思い出したことに対するショックのほうが大きかった。答えないオレをミオは自分なりの解釈で理解したようだった。
「そう、それならどうしようもなさそうね。残念だけど」
 それ以上画面を見ていたくなくて、オレはプログラムを閉じた。
 ミオに対して初めて嘘をついてしまったことが、オレの心の奥に小さな棘のように引っかかって、取れなかった。