記憶・78
 『J・K・C』
 それが、オレが思い出したパスワードだった。
「……ミオ」
 オレがそう呼ぶと、ミオはいつもの笑顔で答えた。
「なに?」
「……ごめん、少し1人で考え事をしてもいいかな」
 ミオはちょっと意外そうな顔をしたけれど、すぐに笑顔に戻っていた。
「判ったわ。お昼まで外に出てる。連絡が取れなくなるけれど、いいかしら」
「2時間くらいだろ? 大丈夫だよ」
 子供扱いは相変わらず抜けていないらしい。記憶喪失とはいっても精神年齢はもう15歳なのだ。いったい何が心配なのだろう。
 ミオを見送って、オレは記憶を辿り始めていた。思い出したことは言葉にすればそれほど多くはない。それよりも、自分が抱いていたプログラムへの嫌悪感や不吉な感じを裏付けるものの正体を、漠然とだけれど知ることができたのだ。
 J・K・Cは、オレが所属していた組織の表向きの社名だ。商事会社ということになっている。しかし実態は産業スパイのようなものだった。
 オレはその組織のプログラマーだった。最初に見た名簿や、その他の企業用のプログラムも多く作っていたし、それ以前にはコンピュータを組み立てるようなこともやっていた。だけど、オレのもっとも重要な仕事は、工作員を育成するための教育用プログラムの作成だ。パスワード入力の画面を見てすべてを思い出した。オレは犯罪者を生み出すためのプログラムを作っていたのだ。
 J・K・Cが犯した犯罪は産業スパイだけにとどまらない。オレが思い出したのは、ある飛行機事故だった。組織の工作員は、たった1人の人物を消すために、自らも乗り込んだその飛行機を、無関係の多くの人間ごと墜落させたのだ。
 直接手を下した人間と、オレと、いったいどれだけ違うというのだろう。
 夢の中の不気味な顔が言ったことは間違っていなかった。オレは過去に数百人の人間を殺した殺人者だったのだ。