記憶・76
「何か……思い出したの……?」
 遠慮がちなミオの声が、オレを我に返させた。まだ心臓の鼓動は収まらない。あのまま呪縛が解けなければあるいは何かを思い出したのだろうか。どちらかといえば魂を抜かれていたような気がする。
 もう1度ロゴマークを見つめてみる。マークそのものはありふれたものだ。オレは十字架に赤い宝石と感じたけれど、別の人が見ればローマ字のtとcをデフォルメしたようにも見えたかもしれない。ごく普通の会社のロゴマークだった。やはりオレが感じた不吉なものは、このマークそのものではなく、それにまつわるオレの記憶が原因だったに違いない。
「……うまく思い出せない。もう少しで思い出せる気がするのに」
「あせらないで。まだ3日目なんだもの。もっとゆっくり時間をかけてかまわないのよ」
 ミオが言うことはおそらく本心なのだろう。だけど、オレは知っている。彼女はオレが一瞬でも早く記憶を取り戻して、父親に会える瞬間を望んでいることも。
 名簿のソフトをしばらく探ってみたけれど、それ以上オレの記憶にかかるものはなかった。
「もう1つのプログラムの方を見てみるよ」
「……そうね、判ったわ」
 そのプログラムは、名簿の何倍もオレに不吉な予感を抱かせるものだ。それはミオも感じていたらしい。おそらくミオは知っているのだ。オレが作ったあのプログラムがどんなもので、それを見ることでオレが何かを思い出すかもしれないということを。
 ハードディスクが動作する微かな音がして、プログラムは目を覚ました。
 全体にグレーの、のっぺりとした画面が現れる。中央に文字と1行の入力部。文字列には、パスワードを入力するように指示があった。