記憶・75
 もしかしたらオレの記憶障害を悪化させてしまうかもしれないプログラム。ミオは反対するかとも思った。しかし、割にあっさりと、ミオは許可してくれたのだ。
「わかったわ。食器を片付けてくるから、少しだけ待っててね」
 ミオがトレイを持って部屋を出ている間に、オレはパソコンのスイッチを入れた。2人分の椅子を用意して、画面の変化を見つめる。機械から発する微妙な音を聞いていると、内部でどんな動作が行われているのか、想像することができる。ミオはすぐに戻ってきたから、オレはキーボードの操作を開始した。
「これから何を見るの?」
「とりあえず、名簿を開いてみる」
 言いながら、オレは昨日保存したファイルのうち、おそらく名簿だと思われるファイルを指定して動作させた。微かな音とともにアプリケーションが立ち上がる。画面に浮かんできたのは、オレが想像したとほとんど違わない、何の変哲もないごく普通の名簿だった。
 初期画面が入力画面なのは、データが1件も入っていないからだろう。オレは名前の欄に「いさみ」と入れて、F4に割り当てられた入力ボタンを押した。すると2件目のデータを入力する画面が現れる。そこには「みお」と入れて、終了ボタンを押した。
 入力を終了した後の画面は、表になった名簿だった。1行に1人が割り当てられて、今はオレが入力した2行だけが表示されている。しかし、オレが目を奪われたのは、表のほうではなかった。右上の方に小さく表示された、おそらく会社のロゴマークのようなもの。
 十字架の中に赤い宝石がついたようなデザインだった。オレの心臓は次第に速度をはやめていった。この十字架は、人を縛るためのものだ。赤い宝石は縛られた人間の心臓だろうか。
 オレはこのマークを知っている。間違っても親しみを覚えるような記憶ではない。この不吉な感じは、オレの視線をくぎ付けにして、しばらくの間オレを呪縛しつづけていた。