記憶・74
「……伊佐巳、そろそろ起きない?」
 その、柔らかな声が、オレの目覚めを促していた。目を開けると、すぐ目の前に少女の笑顔がある。あの時と同じだ。オレがこの狭い世界に生まれ直した、あの時と。
「……おはよう、ミオ」
「おはよう、よく眠っていたわね」
 枕元に、昨日ミオが調達してきた目覚し時計があった。時刻を見て驚く。既に9時を回っているのだ。
「起こしてくれなかったのか?」
「声はかけたのよ。でも、伊佐巳は昨日あまり眠っていなかったから、そんなに積極的には起こさなかったわ。もっと早く起きたかった?」
 ミオの声を聞きながら、オレは少しずつ昨日のことを思い出していた。初めて、ミオの涙を見た。ミオを抱きしめて眠った。オレはミオの身体を抱きしめることで安心していた。まるで傍らにあることが当然なのだというように。
 ミオには悪夢を寄せ付けない見えない力があるのかもしれない。
「起床時刻は6時。……これも15歳のオレの日課なのかな」
「そうよ。1度目の引越しのあとの起床は6時だったもの」
「明日からはもう少し規則正しい生活をしたいな」
 ミオは既に着替えを終えていて、それどころか朝食のしたくもすべて終えていた。オレは少しだけほっとした。ミオより遅く起きれば、ミオの着替え風景に悩まされることはないわけだ。
 朝食は味噌汁とサバの缶詰だった。手早く着替えて食事も終えると、昨日と同じようにミオは聞いた。
「伊佐巳は今日は何をするの?」
 オレは、昨日思ったことを試してみたいと思っていた。
「昨日作ったプログラム、あれを見てみたいと思う」