記憶・70
 ミオが何かを隠していることは、そもそも最初から漠然と感じていた。だいたい彼女は自分の本名さえ明かしてはいない。ミオが言っていることは間違ってはいないのだ。ひとりの人間の人生の、そのすべてを他人が知ることなんてできるはずがないのだから。
 隠したいことがあるのだったら、ミオは今言い訳をするべきではなかった。だけど彼女はまだ16歳で、他人に嘘をつくテクニックが完成されるには少々若すぎるのだろう。そういうオレは15歳の感覚を持ちながら、他人の嘘を見破るテクニックを備えている。これはオレの15歳の経験なのか。それとも32歳の経験なのだろうか。
 今のオレにはどちらとも判断がつかなかった。それに、ミオが嘘をつこうが隠し事をしようが、今のオレにはどちらでもいいことだった。今のオレに唯一できることは、自分自身の記憶を取り戻すことだけなのだから。
「そうだな。どっちみち細かいことは自分で思い出すしかないわけだし」
 それ以上追及しなかったオレに、ミオは心の中でかなりほっとしたように見えた。
「ということは、オレの空手の記憶は、32歳ころの記憶なんだ。オレが17歳で空手を始めて、その後もずっとやってきたってことは、オレにも空手をやる必要性があったってことなのかな」
「たぶん、そうなんでしょうね。理由はあたしにもわからないけれど」
 空手をやることで、オレは何かから身を守ろうとしていたのかもしれない。オレにはたぶん、空手をやるだけの重大な理由があった。自分を守ろうとしたのか。それとも、自分以外の誰かを守ろうとしていたのだろうか。
 すべてを思い出せばわかる。オレにはもしかしたら、全身全霊をかけて守らなければならない人がいたのかもしれない。