記憶・72
「………………」
 どこにいるの、パパ。
 ミオのかすかな声は、繰り返しそうつぶやいていた。上掛けを握り締めて涙を浮かべているその様子は、まるで小さな子供のようだ。夢の中で、ミオは父親を探している。起こしてあげたほうがいいのだろうか。だけど、たとえ現実に戻ったところで、彼女の傍に彼女が求めるパパはいない。
 オレには、彼女にパパを返してあげることができる。彼女の最愛のパパは、オレが記憶を取り戻せば彼女の元に戻ってくる。今すぐに会わせてあげることだってできるのだ。オレの、32年分の記憶さえ取り戻すことができるならば。
 オレには何もしてあげられない。記憶を取り戻す以外のことなら何でもしよう。できることなら何でもしてあげたいと思う。記憶を取り戻すこと以外なら、今すぐにでもしてあげられるのに。
 涙を浮かべて孤独と戦うミオが愛しかった。滲んだ涙を拭うために手を伸ばした。頬に触れ、指先に濡れた感触があった。その時だった。ミオがオレの手に自分の手を重ねたのは。
「……パパ……」
 目覚めたのではない。彼女は夢の中で、父親の手を見つけたのだ。
「……パパ……会いたかっ……!」
 オレの手を握り締めて、夢の中のミオは心の底からほっとしたような、オレが見たこともないような至福の微笑を浮かべていた。胸に痛みが走った。彼女が求めているのは、オレであってオレではない。
 オレは、ミオのことが好きだ。
 名前も知らない、出会ったばかりの少女。オレの半分しか生きていない小さな女の子。ひとつ年上でしっかりしていて、だけど、精一杯の愛情で、全身で父親を求めている少女。