記憶・67
「試してみたいこと?」
別に隠すつもりはなかったのだが、口にしていいものか少しのためらいがあった。その場ではオレは何も言わず、食後、トレイを片付けに出てゆくミオの後ろで準備運動をはじめる。ミオはすぐに戻ってきた。そして、身体を動かすオレの隣で、ミオも準備運動をはじめたのだ。
 二人ともすでにパジャマ姿で(恐ろしいことに色違いだった)オレが適当に身体をほぐす動きにあわせて、なぜかミオも同じ動作をした。そして、オレが昨日と同じ空手の動きを始めると、ミオはそっくりオレの真似をしたのだ。
 オレの身体は空手の型を覚えていた。隣のミオも、オレとまったく同じ動きで、ほとんど遅れることもなく型を作っていた。どうやらミオは空手を知っているのだ。少しの驚きを胸に型を終えると、ミオは晴れやかな感じで笑った。
「なんか身体を動かすのって気持ちがいいわね。久しぶりよ、運動なんてしたの」
「君は空手を知っているの?」
「習ったことがあるわけではないの。みようみまねでね、型だけは覚えてたみたい」
「それにしては上手だったけど」
「……そうね、今の、ちょっと嘘。パパと会えなくなってから、毎日練習していたの。いつか必要になる日がくるかもしれないから」
 16歳の女の子が、空手に必要性を感じている。明るく話すミオを見ながら、オレは複雑な気分だった。オレはミオの事情も、この部屋の外で何が行われているのかも、何も知らない。だけど、ミオを戦士に変えてしまう何かがここにはある。ごく普通の16歳の女の子に、それが必要だという理由で空手を習得させてしまうような何かが。
「伊佐巳も上手ね。空手を習っていたの?」
 まるでオレが記憶喪失であることを忘れているように、ミオは聞いた。こうした質問がオレの記憶を不意によみがえらせることが以前あったけれど、今回はオレの頭の中に何かが浮かんでくるということはなかった。