記憶・60
 パソコンのことをほとんど知らないミオにしてみれば、オレの質問はまるっきり理解できないものだったのだろう。
 ミオは困ったように苦笑いして、返事を濁した。
「あたしも少しパソコンを勉強した方がいいみたいね」
 どうやら、パソコンに関してはミオはまったく当てにならないようだった。オレは少し別のことを考えて、ミオに言った。
「オレはパソコンを扱ってみて、自分の記憶の構造がコンピュータにすごく似ていることに気がついたんだ。だけど、コンピュータに時間という概念はないだろ? どのソフトでもアプリケーションがありさえすれば、たとえどんなに古いデータだって開くことができる。そういう意味ではパソコンに記録されたデータは平等なんだ。そう考えれば、たとえばオレは15歳だけど、15歳以降の新しい記憶だって、15歳以前の記憶と同じように再生されるはずなんだ。なのにオレは15歳よりも前、実際には15歳前後の記憶しか思い出せない。それって、すごく不思議なことじゃないだろうか」
 オレの言葉を、ミオはかなり正確に理解してくれたようだった。
「伊佐巳のイメージはパソコンなのね。あたしはちょっと違うみたい。あたしの記憶に対するイメージって、言ってみれば物干し竿、なのよね」
「ものほしざお?」
「うーん、それが1番近い、ってことかな。伊佐巳が言った時間の概念ね、それが物干し竿で、記憶そのものは洗濯物みたいなもの。物干し竿は時間とともにだんだん伸びてゆくの。その竿には洗濯ばさみがたくさんついてて、記憶がぶら下がってるのね。ある程度時間が経つと、古い記憶は洗濯ばさみから外れて、下に山積みになっていくの。新しい記憶が古い記憶の上にどんどん積み重なってゆく感じかしら」