記憶・58
 ただ黙々とキーを打ちつづけるオレを見守りながら、もう1人のオレはプログラムの内容を見てみたいと思った。1人では見ないとミオに約束した。だったら、ミオがいるときに見ればよいのだ。
 もしも本当にこれが教育に関わるプログラムならば、15歳のオレが他人を教育するためのプログラムを組んでいたことは奇妙だった。おそらく原本のようなものがあって、それをデータに直すような仕事だったのだろう。だとしたらさっきの顧客管理も、学生を管理するためのものだったのかもしれない。オレは学校関係のプログラムを任されていたのか。
 無意識と意識の2分化を、知らず知らずのうちのオレは経験していた。キーボードを打っているのは無意識のオレ。それを見ながらあれやこれや考えているのは、オレの意識だ。いや、意識というのは少し違うかもしれない。なぜなら、このときのオレには外界からの刺激というものを一切受け付けていなかったのだから。
 無意識のオレと、意識と無意識の狭間にあるオレ。例えていうならばコンピュータとOSのようなものだった。OSのオレはコンピュータの内部を監視している。やがて、コンピュータ=無意識が作業を終えたとき、オレの意識(さしずめアプリケーションソフトか)が回復して、周囲の状況を認識し始めていた。
「……ミオ?」
「ここにいるわよ」
 無意識から意識への移行。それまでも幾度か体験してきたことだったけれど、こんなにはっきりと観察したのは初めてだった。同時に知った。オレの記憶が不自由なのは、無意識のエラーでも意識のエラーでもなく、その狭間、OSのエラーなのだということを。