記憶・62
 ミオがイメージする物干し竿の記憶。長く生きれば、記憶が積み重なればそれだけ物干し竿はどんどん長くなってゆく。オレは32年分の物干し竿を持っていて、その15歳の部分に今のオレがいる。そのあとの部分はオレにとっては未来だ。だけど、その未来は今のオレの未来じゃない。今ここにいるオレが未来をつむいでゆけば、また新しい物干し竿が15歳の部分から形成されるのだろうか。
 まてよ。オレは以前に記憶を置き換えられたことがあるとミオは言った。ということは、オレにはもう1つの物干し竿があるのだろうか。記憶を置き換えられる以前にあった正しい物干し竿と、置き換えられた偽物の物干し竿が。
 もしも全てを思い出したら、オレの記憶はどうなってゆくのか。もしも今オレが32歳までの正しい記憶を思い出したとして、ここにいる15歳のオレと、32歳のオレ、過去の15歳のオレの関係はいったいどうなってしまうのだろうか。
「ミオ、今の15歳のオレの物干し竿は、過去の15歳の部分につながってしまうのか?」
 オレの不安な声色を、ミオは察知したようだった。
「あたしを雇った人は、伊佐巳が記憶を思い出したら今の伊佐巳はちゃんとした時間軸につながる筈だって言っていたわ。つまり、32歳の物干し竿の後に、15歳の物干し竿がつながる、って」
「だったら、今はつながっていないのか?」
「本当はつながっているのだけど、伊佐巳には見えていないだけ。たとえば、あたしはパパと一緒に暮らしていた頃の夢をよく見るけど、夢の中のあたしは、今パパが傍にいないことなんか、ぜんぜん覚えていないわ。目覚めたときに思い出すけど、記憶のつながり方にそれほど違和感はないもの。もしも伊佐巳が記憶を取り戻したら、夢から覚めたようになるんでしょうね」
 そう言ったミオは、父親の夢のことを思い出したのか、少し切なそうに見えていた。