記憶・56
 ミオは真剣な瞳でオレを見ていた。その様子で、このプログラムこそがオレの記憶に直接関わるのだと直感した。
「プログラムを見るとき、このプログラムに関わらずどれでもだけど、絶対に1人では見ないで欲しいの。必ずあたしが傍にいるときに見るって、約束して」
「それは、このプログラムがオレの記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないから?」
「それは判らない。このプログラムの内容を見て、伊佐巳の記憶が戻るのか、それとも何も思い出さないのか、それはあたしにも判らないの。でも、もしかしたら、記憶が戻るだけじゃなくて、もっと違うことになってしまうかもしれない。たとえば、伊佐巳の記憶障害がもっと悪化してしまうかもしれないの」
 なんとなく、判った。オレの記憶には自分でも気付かない自己防衛が働いている。企業用の顧客管理プログラムについて思い出せたのは、それがオレの記憶に関わりのない、それをオレが思い出しても何の危険もないプログラムだったからだ。それが、もうひとつのプログラムは、思い出したら記憶障害が悪化するほどの危険性を秘めている。オレの無意識はそういう記憶をブロックして、簡単にアクセスできないようにしているのだ。オレの脳は危険な記憶とそうでない記憶とを分類して、オレ自身の精神の崩壊を予防しているんだ。
「わかった。約束するよ」
「ありがとう、伊佐巳」
 オレの好奇心は1秒でも早くこのプログラムを開いてみたいと訴えていたが、そう約束したからには、ミオがその時だと判断するときまで開かずにいられるだろう。確かにこのプログラムにはオレの感覚が拒否する何かがあるのだから。