記憶・35
「ねえ、伊佐巳。この紙をできるだけ無駄にしないようにたくさんの正方形にするとしたら、どうやって切ればいいかしら」
 まるでクイズを出された気分だった。オレは少し考えて、言った。
「この紙は短い方の長さを1とすると、長い方は1.414……になるから、整数比だとおよそ5:7になるんだ。だから、短い方を5分の1にして、長い方を7分の1にすれば、だいたいだけど正方形になると思うよ」
「1枚で35枚の正方形ができる、ってことね。だったら、正方形の紙を1000枚作ろうと思ったら、紙は何枚必要になる?」
「28枚で980枚できるから、あと1枚使えば1000枚になるかな。でも、どうして1000枚なんだ?」
「折鶴はね、1000羽作ると願いがかなうの。1枚1枚に想いを込めて、1000羽作って、糸で繋げてね、病気の人のお見舞いや、がんばっている人の応援の意味を込めてプレゼントするの。千羽鶴、って言うのよ。これから毎日少しずつ、千羽鶴を折っていかない? 伊佐巳の記憶が早く戻るように」
 ミオはオレを振り仰いで、いたわるように見つめながら言った。そうか、ミオも多分、願いを込めたいのだ。離れている父親が元気でいるように。1日でも早く父親に会えるように。
 鶴を折るだけでオレの記憶が戻るとは思えない。でも、それがミオの願いならば、オレはかなえてやりたいと思った。
「1000羽の鶴か。……気が遠くなりそうだ」
「そうかな。2人で1日10羽ずつ折れば、たったの50日で終わるのよ。けっして折れない数じゃないわ」
「そうだね」
 もしもこの鶴が1000羽になったとき、オレの記憶は戻るのだろうか。オレが生きてきた時間の全てを取り戻すことができるのだろうか。
 このときオレは、自分の記憶の中に潜む不吉な可能性については、まったく思いもしなかったのである。