記憶・37
「うるせえ! 黙れって言ってんだ!」
 オレに腕があったなら奴を殴り倒していたところだ。身体があるなら、ぶるぶると怒りに震えていることだろう。聞いているだけでミオを穢している気がした。いわれのない汚名であることは判っていても、いや、本当はオレがそう信じているだけなのだ、というわずか1パーセントの汚点のようなものがオレの中に染み込んでしまった。こんなただの顔の言うことで自分の気持ちが揺れることが腹立たしかった。
「てめえはなーんにも知らねえんだよ。自分がどんだけあくどい事を重ねてきた社会のクズだったか、ってこともな。ほんっと、幸せな奴さ。何もかも思い出さねえでいられんだからな」
 しっかりしろ。これは夢だ。夢の中では願望も不安も全て実現する。こいつが口にしていることは全てオレの不安が生み出した幻想だ。ミオのことも、オレのことも、無意識のオレが不安に思っているからこそ、この男が口にするのだ。
 こいつはオレの無意識の恐怖を糧にして存在している。だとしたら、オレが自分の中の不安を消し去り、自分自身を信じることができれば、この顔は存在できなくなるはずだ。
「オレの悪事だと? そんなものがあるなら言えるはずだ。オレは今までどんな悪事を重ねてきた」
 男は無気味に笑っただけで何も言わなかった。
「それみろ。てめえにはオレの悪事なんて、ぜんぜん判っちゃいねえんだ。知ってたら言える筈だ。どうした。答えろよ」
 目を細めて、男は笑っていた。以前にも感じた男に対する恐怖が蘇る。この恐怖も全て幻想だ。こんな奴を恐れる必要なんて、オレにはない。
「ふふふ……。そんなに知りてえのか? だったら教えてやるよ。……お前は、**********だったんだ」
 男の言葉を聞き取ることができなかったのは、オレの無意識の恐怖か。
 その瞬間、オレは再び目を覚ましていた。