記憶・32
 たぶんオレはこの一連の会話にうんざりしたような顔をしていたのだろう。気分を変えるように、ミオは明るい表情になって言った。
「なんだか頭が痛くなっちゃいそうね。……消灯が12時なら、あと2時間くらいか。ねえ、伊佐巳、何かゲームでもしましょうか」
 オレは驚いてミオを見た。ミオは父親と会うためにできるだけ早くオレの記憶を戻したいのだろう。ゲームなどで時間をつぶしていいのだろうか。
「今、この部屋にあるのは、紙と鉛筆くらいね。それだけで2人でできるゲーム、伊佐巳は知らない?」
 ああ、そうか。オレの記憶はどんなきっかけで戻るかは判らないのだ。ゲームをすることが無駄にならない可能性だってある。
 オレは紙と鉛筆でできそうなゲームを思い出そうとした。しかし、オレの中にもともとそういうデータがないのか、単にオレが思い出せないだけなのか、頭の中には何も浮かんで来なかった。
「知らない、らしいな」
「そう。……じゃあ、折り紙でもしない? さいわい紙ならたくさんあるの。千羽鶴だって折れそうなくらい」
 折り紙……と聞いても、オレにはそれがなんなのかまったく判らなかった。
「折り紙、って?」
 今度はミオのほうが驚いた顔をした。
「折り紙を知らない? 伊佐巳、あなたいったいなに人なの?」
「日本人……だと思うけど」
「32年間も日本人をやってきて、折り紙を知らないなんて、ものすごく恥ずかしいことよ! ……決めた。あたし、伊佐巳に折り紙を完全にマスターさせるわ」
 オレはなぜミオがそんなことを言い出すのか、さっぱり判らずにいた。