記憶・30
 だけど、オレは記憶を取り戻さなければならない。オレ自身のためにも、このミオのためにも。
 だけど、ミオの傍にいたい。
「……オレが力になれればいいけど」
「心配してくれるの? でも、あたしは大丈夫よ。伊佐巳の記憶は必ず戻るし、そうすればあたしはパパに会えるんだもの。だから、焦らないでゆっくり思い出しましょう。32年分もいっぺんに思い出せる訳ないもの。
 話は変わるけど、伊佐巳はいつも何時ごろベッドに入るの?」
 尋ねられて、オレの頭にふっと答えが浮かび上がってきた。それはさっきの感覚とかなり近い感じだった。さっき、「義理の親子が結婚できない」という幻聴を聞いた時のように。誰かが言ったのだ。「消灯は12時」と。
「ミオ、まただ。オレの中で誰かがしゃべった。「消灯は12時」。……なんでだろう。オレの頭の中に誰かが住み着いてる感じだ」
「消灯は12時、か。伊佐巳の消灯が12時だったのは、一番最初の引越しから次の引越しまでの間よ。すごいじゃない。伊佐巳は今15歳だって言ったけど、これではっきり判った。伊佐巳は今、1回目の引越しから2回目の引越しの間の時間にいるんだわ。
 伊佐巳は記憶を失って、自分で時間を選んでるのよ。こんなにはっきり。伊佐巳がこの時間に戻ったことは、たぶんとても重要なんだわ。たとえば、この時間に失ってしまった何かを、伊佐巳自身が取り戻そうとしているとか」