記憶・29
「あたしはね、男手ひとつで育てられたの。ママはあたしが生まれる前に死んでしまったから。あたしの世界にはパパしかいなくて、パパと一緒にいるときが一番好きだった。……3年前だわ。あたしがパパと引き離されてしまったのは」
 話している間中、ミオはなんとも切なそうな、遠い目をしていた。オレはミオの言葉の重みを感じた。きっと、言葉にあらわすことができないくらい、ミオは父親を愛していた。
「それで? 父親の居所はわからないのか?」
「だいたいは判ってるわ。でも、今は会うことができないの。……こんなこと、言ってもいいのかな。もしもね、あたしが伊佐巳の記憶を取り戻すことに成功したら、あたしを雇ってるあの人は、あたしとパパを会わせてくれるって、約束したの。パパを自由にしてくれる、って」
 ミオの父親は拘束されている。やはりオレが思った通り、ミオを雇っている人間は悪人なのだ。
 オレの記憶が戻れば、ミオは父親に会うことができる。最愛の父親に。
 オレの記憶を取り戻すことは、それほど簡単な仕事ではないのだろう。下手をすれば数年単位の時間がかかるのかもしれないのだ。オレに会うまでの時間にミオはオレの人生の全てを記憶した。かなりの労力と時間を必要とする仕事なのだ。
 そこまでしてもミオは父親に会いたいのだ。もしもオレの記憶が戻ったら、ミオはもうオレなど見向きもしないで父親の元へと走るのだろう。
 オレの記憶が戻った瞬間、ミオの中からオレは消える。