記憶・17
「伊佐巳がお風呂に入っている時間は、あたしの雇い主への報告の時間にしてもいいかな。だいたい1時間くらいで帰ってこられると思うの」
 オレが頷くと、ミオは笑顔を残して部屋を出て行った。ミオが出て行ったドアと反対側のドアの向こうにシャワー室がある。服を脱いで、オレはシャワーのしぶきの下に立った。
 身体の感覚にはかなりの違和感がある。オレの感覚は十五歳のものだった。たとえば視点。おそらくオレは15歳の頃よりも身長が伸びているのだ。身体が重く感じるのは体重が増えているせいなのか、それとも長い時間眠っていたためなのか、それは判らない。自分の身体をひとつひとつ点検すると、オレがかなり身体を鍛えている部類の人間なのだということが判った。
 記憶は全く戻っていないけれど、オレは自分という人間を想像することができる。たとえば、オレの身体つきは何か特定のスポーツをやっていたという感じではない。どちらかと言えば格闘技系だ。シャワー室もかなりの広さがあったので、オレは裸のままそれらしい動きをしてみた。無意識に動く身体を、頭の中で観察する。下半身を低く取って騎馬立ちの姿勢から拳を突き出す。弧を描くように敵の攻撃を払って手刀で一撃。空手の動きに一番近いようだった。蹴りも試してみたが、足刀蹴りは思いのほかきれいに決まった。
 ミオの言うことは間違っていない。頭を悩ませるだけでは記憶は戻らない。ほんの少し身体を動かしただけで、自分が空手を学んだことがあることが判ったのだ。その記憶は全くよみがえってこないけれど、少なくとも自分が何に興味を持っていたのか、それを知ることはできる。自分の感覚を確かめるだけで、自分という人間がどういう種類に属しているのか知ることができるのだ。