記憶・16
 もし、記憶を取り戻したら、オレは彼女を思い出せるのだろうか。それとも、彼女が全くの他人であることを思い知らされるのだろうか。
 思い出したい。だけど、もしも彼女が他人だったら……。
 彼女に他に恋人がいることを知ってしまったら……。
 倍も年が離れているオレは、彼女にはきっとオジサンにしか見えないだろうから。
「落ち込まないで、伊佐巳。大丈夫。ちゃんと伊佐巳の記憶は戻るわ。あたし、ずっと傍にいて助けてあげる。もしも伊佐巳が1つ、記憶を戻したら、その記憶がいつ頃のものなのか、それを教えてあげる。その記憶が伊佐巳が何歳頃の記憶なのか、それだけを教えてあげる。そうやって少しずつ記憶がよみがえったら、伊佐巳の年表が作れるわ。全部を一度に思い出さなくても、自分が生きてきた時間を実感することができるはずよ」
 何も思い出せないことにいらいらする。このいらいらは、たぶん、記憶を完全に取り戻さなければおさまらないだろう。だけどオレは思ってしまうのだ。記憶を取り戻さないうちは彼女はずっとオレの傍にいてくれる。思い出してしまうのが怖い。彼女がオレの傍から消えてしまうのが怖い。
「ねえ、あんまりいろいろ考えない方がいいわ。それに、今は時間的には夕方だけど、パジャマのままベッドに入るなんて不健康だわ。とりあえずお風呂に入ってこない? 日常のことをいろいろやることだって、記憶を取り戻す手助けになるはずだわ」
 オレは、全てを先送りにして、ミオの提案を受け入れることにした。