記憶・15
 他人の脳に、偽者の記憶を植え付ける。過去の経験をまったく別のものにすり替えてしまう。本当にそんなことができるのか。オレの記憶を消してしまうなどということが、なぜできるのか。ミオは、オレの記憶を消した人間に雇われている。記憶が戻るまでずっとオレの傍にいてくれるけれど、それはオレを慕っているからではなく、ただ単に雇われているから。
 オレの記憶が戻ったとき、ミオはオレの前から消えてしまう。
「ミオ……君は誰……?」
 ミオは意外なことを聞いたと言う風に、ちょっと目を丸くした。
「あたし? ……なぜ?」
「君の事を教えて。オレは君のことがちゃんと知りたい。本当の名前は何で、オレとどんな関わりがあるのか。君はただ雇われただけの他人なのか? それとも、オレに関わりのある人間なのか?」
 オレの感覚は残されている。その感覚がオレに教えてくれる気がするのだ。ミオは他人とは思えないほどに慕わしい。あるいは、これは単にオレの思い違いなのかもしれないけれど。
 諦めたように、ミオはため息をついた。
「困ったな。あたしは伊佐巳を伊佐巳と呼ぶことや、ある人に雇われていることを教えてあげることはできるんだけど、あなたが今までどんな人生を歩んできたかとか、あたしがあなたと関りのある人間なのかとか、そういうことはあなたに教えてあげられないの。あたしはもしかしたらあなたと関ったことのある人間かもしれない。全くの他人かもしれない。でも、それを知るためには、伊佐巳は全てを思い出さなければいけないの。失ってしまった記憶を、全部」