記憶・14
 ミオはしばらくは何も言わなかった。オレはミオの目をじっと見つめつづけていた。はぐらかされてしまう訳にはいかなかった。再び同じ質問を彼女に投げかけるほどの勇気が、オレにはないかもしれないから。
 ミオは目を逸らさずに、やがて口を開いた。
「簡単に、説明するね。……伊佐巳はずっと昔、自分の記憶を別の記憶にすり替えられてしまったことがあるの。それまで生きてきた経験を、全然別のものにされてしまった。それからの伊佐巳は、その偽物の記憶の上に、新しい記憶を重ねてきたの。伊佐巳のその時の記憶障害は、やがて伊佐巳の精神を崩壊させてしまうかもしれなかった。事実最近もその兆候があった。……あたしね、ある人に雇われてるの。その人は言ったわ。伊佐巳の記憶障害を治すためには、偽の記憶を全て消してしまう必要がある、って。偽の記憶と、その上に積み重ねられてきた伊佐巳自身の本物の記憶、その全てをいったん全部白紙に戻して、そのあと本物の記憶だけを思い出す。その方法でなければ伊佐巳の記憶障害は治らないって。……だから、彼は伊佐巳の記憶を全て消さなければならなかったの。
あたしは、伊佐巳の記憶を取り戻すために雇われたの。伊佐巳が記憶を取り戻すまで、傍にいて手助けするわ」
 ミオの言葉に、オレは驚きと喜びと、少しの落胆を感じていた。