蜘蛛の旋律・57
「てことは、小説書きってのは、キャラクターが自分の意志で動かなけりゃ何もできないってことなのか?」
「そ。あたしができるのは、実際に動いてるあんた達の暴走を止めることだけなの。小説のキャラクターは、普通に生きてる人間と何ひとつ違わない。それは巳神にも判るでしょう? シーラも巳神も、あたしの意志で簡単に動かせる程度の人間じゃないんだ」
 なんとなく判った。黒澤の小説のキャラクターが、まるで生きて動いているような臨場感を持って読者に訴えかけてきていた理由が。小説書きは、キャラクターを造って舞台と筋を設定する。そのあとはすべてキャラクターしだいなんだ。小説を書くってことは、作者とキャラクターが真剣勝負で戦っているのと同じことなんだ。
「判ったよ。これからまた動くからその前に答えてくれ。……駅のバス停で会った女、あれはいったい誰だったんだ?」
「あんたって……なんでそうやって小説の常識を平気で破ってくれちゃうのかね」
 黒澤は呆れたようにため息をついて、それでも質問には答えてくれた。
「あの人は巳神と同じ上位世界の人間だよ。だけど、あたしが召喚したんじゃない。勝手に迷い込んだの」
「どうして」
「薫の下位世界に歪みっていうか、ほころびが出来はじめてるから。もともと薫の下位世界は上位世界と同調することでかなり安定していたんだけど、事故の衝撃でムリヤリ引っぺがされちゃったから、あちこちおかしくなり始めてるの。それでも最初は形を保ってたんだけどね。たぶんこれからもっとおかしくなるよ」
 ……あれ? この世界は野草の精神が支えている世界なんだろ? それがおかしくなり始めているってことは、もしかしたら野草の精神が影響を与えているってことじゃないのか?
「巳神、いいところに気付いてくれたね。あんたが察した通りだよ。だんだん少しずつ、薫の精神が世界を支えられなくなってきてるんだ」