記憶�U・50
「アフル!!」
 オレはあわててベッドから跳ね起きた。そして、既にベッドにうずくまるようにして血を吐き続けているアフルの身体を支え、背中をさすった。アフルの様子は尋常ではなかった。すぐに医者を呼ばなければ。だけど、オレがこの部屋を出ることはおそらくできない。
「ボサッとするな! すぐに医者を呼んで来い! 今すぐだ!!」
 部屋の中央、テーブルのところで半ば呆然としたままだった少女に向かってオレは叫んだ。
「……は、はい!」
 そうしている合間にもアフルの吐血は止まなかった。少女があわてて部屋を出て行く気配を感じながら、オレはアフルの背中をさすりつづけた。いったいどこから出血しているというのか。血液は塊になってまるで溢れるように口内から大量に吐き出されてくる。量が尋常ではないのだ。既に1リットル以上もの量を吐き出している。
「アフル、しっかりしろ! 今医者を呼んでる! がんばるんだ!」
 オレはその様子に絶望を覚えた。このままでは間違いなく、アフルの命はなくなるだろう。
 その時、不意に音が消えた。
 アフルは変わらず血のかたまりを吐き続けている。その音も、アフルを励ましつづけている自分の声も消えた。その意味はすぐには判った。アフルがオレの聴覚の神経を支配していたのだ。
「大丈夫だ。オレの身体は既に寿命が尽きてきてる。オレの内臓はもうボロボロなんだよ」
 音のなかった世界に、アフルの声が割り込んでいた。アフルは今しゃべることができない。アフルはこの苦しみの中にいながら、オレに話し掛けるためだけにオレの聴覚に自分の声を割り込ませているのだ。
「いいから、話し掛けるな! 無駄な力を使うな」
「皇帝葛城達也は絶対にお前を殺したりはしない。なぜなら、皇帝は彼女を愛しているからだ。彼女を悲しませるようなことは、皇帝はできない。彼女がお前を愛している限り、皇帝はお前に手出しをすることができないんだ」
 アフルが言う彼女がいったい誰を指しているのか、オレには判った。だけど信じられなかった。葛城達也が他人を愛することがあるなどと言うことは。
「頼む、伊佐巳。彼女を大切にしてやってくれ。彼女を、愛して ―― 」
 この時、オレは背後に異様な気配を感じて振り返った。
 オレのうしろには、いつの間にか皇帝葛城達也が現われていたのだ。