記憶�U・6
 オレの記憶の中では、葛城達也は周囲のすべての人間の信頼を勝ち得ていた。オレと奴とが対立したとき、オレの味方になる人間はいなかった。ミオも同じなのだ。ミオはオレより、葛城達也を信頼している。
「嗜好品。……そうね、そうかもしれないわ。確かに葛城達也は人間を人間として見ていないかもしれない。伊佐巳の言う通りよ。17年前に伊佐巳の記憶を消したのは、葛城達也だった。
 だけど、伊佐巳はその時、すべてに絶望しきってしまっていたの。もしも葛城達也が記憶を消さなければ、立ち直ることは不可能だったかもしれない。今、あたしとこうして話している伊佐巳は、存在しなかったかもしれない。伊佐巳の今があるのは葛城達也のおかげだわ。葛城達也が伊佐巳の記憶を消したから、今ここに伊佐巳がいるのよ」
「だけどあいつの行為には優しさも誠実さもない!」
「行為の中に優しさがなければ認められないの? 17年前に葛城達也がしたことは、その時の彼の精一杯だったはずよ。彼には人の記憶を消す能力があった。だから、他の人には到底できない方法で、伊佐巳を立ち直らせたの。伊佐巳は、その行為を、誠意じゃなかったという理由だけで否定するの?」
 オレは、ミオの言葉をちゃんと聞いていた。言葉の意味も理解できたし、それがあながち間違った意見ではないことも、ちゃんと理解していた。例えば、政治家が人気取りのためだけに慈善事業に携わることがある。だけど、その金で助かる人間がいるのも本当だ。たとえ葛城達也の行いに誠意も愛情もなくても、オレがその行為によって救われたことは事実だった。
 ミオは正しいことを言っている。だけど、感情が納得しない。17年前のあの日オレをミオに会わせたのは葛城達也だ。そして、ミオを自殺に追い込んだのも。
「答えてくれ、ミオ。葛城達也が今になってオレの記憶を戻そうとするのはなぜだ。オレの記憶障害を直そうとするのは」
「伊佐巳が、あの人の人生にとって、必要だからよ」
 ミオは、雇い主が葛城達也本人であることも、暗に認めていた。