記憶�U・5
 15歳までの記憶を取り戻したオレは、自分の記憶を奪った男が葛城達也だと確信していた。以前にミオが言っていた、ミオの雇い主がオレの身内であるということ。いや、そうと知らされていなかったとしても、記憶を取り戻した瞬間にオレは確信しただろう。人の記憶を奪うなどということを、葛城達也以外の人間がするはずがないのだ。普通の人間なら、人にとって過去の記憶がどれほど貴重なものか、理解している。そもそも普通の人間に他人の記憶を消すことなどできるはずがない。
 葛城達也にはその能力があった。他人の脳に直接働きかける、超能力が。
「伊佐巳、あたし、前に言ったわ。もしも伊佐巳が何かを思い出したら、それがいつ頃のことなのか、それだけを教える、って」
 ミオは迷っている。オレに真実を告げるべきかどうかを。
「オレの考えが正しいかどうかを教えてくれるのもミオの役目だろ」
「そうね。……判った。だったら、伊佐巳がそう思った根拠を聞かせて。伊佐巳がどうしてそう思ったのか」
 ミオにはオレがあて推量でその結論を導き出したのではないという証拠が必要らしい。それならそれでかまわない。話せばいいだけだ。
「オレは、あの日ミオが自殺したところまでの記憶を思い出した。その時のオレは完全に自分を見失ってた。絶望して、生きることにも、未来にも、すべてに絶望して、自分の中に閉じこもってた。……たぶん、前にミオが言っていた、最初にオレの記憶が失われたのはこの時だったんだ」
 オレは記憶を奪われ、偽の記憶を植え付けられた。おそらくオレは、ミオが自殺したショックから立ち直ることができなかったんだ。
「この時にそんなことができたのは葛城達也以外にはいなかった。その後のことはオレにはまだ判らないけど、たとえ記憶を失っていてもオレが葛城達也を嫌いだった事実や、葛城達也がオレを人間として見ていなかった事実が変わってるとは思えない。今までにオレが思い出した葛城達也なら、人の記憶を奪うことくらい平気でやるだろう。あいつにとってオレは、あいつの人生を面白くさせるだけの、ただの嗜好品にしか見えていないんだ」
 ミオはじっと、オレの言葉を聞いていた。表情を見れば判る。ミオは、心を痛めているんだ。オレが葛城達也を憎んでいるということに。
 ミオが信頼している雇い主をオレが憎んでいるという事実に。