記憶・84
 とうとうミオが戻らないまま、風呂に入る時刻になっていた。オレは日課どおりに行動していたが、もしもこのままミオが戻らなければ、夕食はさっきミオが食べなかった昼食の残りになるだろうか。ともあれ考えても仕方がないから、オレは風呂に入った。身体を洗う動作は無意識にできるから、オレの頭は自然にミオのことを考えていた。
 日課どおりであれば、今の時間はミオが雇い主にオレのことを報告しているはずだった。おそらくミオは雇い主に隠し事などしないだろうから、雇い主の男も、オレがミオに言った言葉をミオから聞いたことだろう。さっきはその可能性に行き着かなかったけれど、ミオが雇い主から受けている制限の中に、オレとの関係というのもあるのかもしれない。たとえば、オレと恋愛関係になってはいけない、というような。
 その考えはオレにとってかなり都合のいいものだったから、ミオが帰ってきてオレに何らかのリアクションを見せるまで、そう信じていようと思った。
 シャワーだけ簡単に浴びて、風呂から上がって着替えた。夕食までの時間、本当ならミオが帰ってくる時刻になっても、ミオは帰らなかった。オレはまたパソコンに向き合った。そうしていると、オレはミオとの約束を破ってしまいたくなる。あの、パスワードを入れなければ開けなかった、教育用プログラム。あれを再び試してみたくなったのだ。
 あのプログラムは、オレの犯した犯罪を裏付けるもの。見てしまえばおそらく平常心ではいられないだろう。だけど、だからこそ、オレにとっては魅力的だった。パソコンのスイッチを入れたのは失敗だったらしい。オレはほとんど無理やりスイッチを切って、鶴を折った。
 オレは以前鶴を折ったことがあるだろうか。そう思いながら、一折一折記憶を呼び覚まそうとしたが、折鶴に関してはオレの記憶を髣髴とさせるものはなかった。どのくらい折りつづけただろう。集中していたオレは、ドアが開くわずかな音に反応して、びくっと、背筋を緊張させた。
 ドアの前に、ミオが立っていた。