記憶・63
 オレの今。それは32歳のオレから見れば、まるで夢のようなものなのだろう。ミオはそう言っているし、オレもそうなのだと思った。だけど、オレはここに生きている。現実に生きているんだ。
 オレは夢を見ているわけじゃない。オレにとっての現実は記憶喪失で15歳になってしまった32歳の男、もしくは、いつのまにか身体だけが32歳になってしまった15歳の男。今のオレはそれ以外ではなく、このオレ自身が現実のオレなんだ。
 オレは生きている。生きているからミオに恋もする。もしかしたら、いや恐らく、32歳のオレはミオに恋などしないかもしれない。だけど、15歳のオレは32歳のオレとは違うんだ。まったく違う人間なんだ。
 オレは今はじめてその可能性に気づいていた。今のオレにとって、32歳のオレの記憶はもしかしたら邪魔なものかもしれない。ミオに恋をして、たとえば恋人になれたとして、その後記憶を取り戻したオレはすでに結婚しているのかもしれない。ミオにこのかすかな恋を告白することは、それだけの覚悟を必要とする。オレが今生きているのは夢ではなく現実だ。ミオの人生も現実だ。記憶を取り戻したとき、まるで夢から覚めたときのように、すべてをなかったものとして片付けることなどできない。この時間を白紙に戻すことなんかできないのだから。
 オレは生きている。今のオレは、32歳のオレの為に存在しているわけじゃない。32歳のオレの記憶を正常に戻すために存在しているのでもない。そうでなければ、今オレがここに存在する意味がないのだから。
 オレは、オレの為に生きていいのだろうか。記憶を取り戻せば後悔するかもしれないけれど、それは今のオレではなく32歳のオレの後悔だ。そう、割り切ってしまっていいのだろうか。だけど、オレは32歳のオレを思い出すことができないのだ。