記憶・54
 10分でミオは部屋を出て行ったので、オレはまたパソコンに向かった。
 本当はさっきの続きをするつもりだった。だが、判らないことを続けるというのはあまり魅力のある作業ではなく、いつの間にかオレは今朝の続き、プログラムの作成を始めていたらしい。
 そうと気付いたのは、ミオがオレの肩を揺さぶって、キーボードがうまく打てなくなっていたからだった。集中力が切れて見上げると、ミオはまた少し困ったような顔で、オレを見つめていた。
「伊佐巳、今、何時だか判る?」
 パソコンの時刻表示を見て驚いた。時刻は既に午後2時を回っているのだ。
「何回も呼んだのよ。伊佐巳、あなた本当に自分の身体を気遣う気があるの?」
 そう言いたくなる気持ちは判った。結局オレは、一度何かを打ち始めると、全て打ち終わるまで外界の気配など一切感じなくなってしまうらしいのだ。
「ごめん、ほんとに」
 オレが素直に謝ると、ミオはため息をついて、諦めたように言った。
「判った。伊佐巳にパソコン中休憩するなんて、最初から無理だったのよ。いいわ。午前と午後、1つずつ打ち込んだら、それで1日の分にしましょう。いい?」
 ミオにしてみればそれでもかなり譲歩したのだろう。オレに否はなかった。オレがパソコンを始めると、どうやってもミオを1人にしてしまうのだ。でも、パソコンは今のところ、オレの記憶を探るのに1番可能性の多いものだった。これはオレの一部なのだ。触らずに1日を過ごすことなど、おそらくできはしないだろう。
「判った。ごめんね、本当に」
「あたしに謝らなくてもいいのよ。……すっかり食事が冷めちゃったわね。こっちにきて」
 昼食は、発泡スチロールの容器に入った弁当だった。どうやらこの食事も、オレの記憶のヒントになるものらしい。15歳のオレが毎日摂っていた食事を再現しているのかもしれない。だとしたらオレは、昼ご飯を持ち帰り弁当で済ませていたということになる。